複眼
騒ぎ出すクラクションに鎌首を擡げ
暖かな日差しの午後に
癒着した瞼は唄う。

宙に舞う
微小な甲殻類の群れに
電線が絡まり、
首筋から湧き出る
冷たい水の流れが背中を伝う頃、
照り返す日差しに熱せられたボンネットの上では
干乾びた蚯蚓たちが
ささやかな会食を催しながら
次は何処の駅に降りようかなどと
とりとめの無い話をしている。

青空には飛行機雲が横切り
電柱たちの視線が
中心軸から円形へと惹き付けられていく。

くらくらと眩しい日差しの下、
フロントガラス越しに漂う捕食性のミジンコたちは
白群色へと熔けてゆくその軌跡に
広げた両腕でしがみ付き、
肛刺(こうし)を垂らした状態で
たわわと実ってゆく。

遥か遥か空の上、
幾兆幾京もの複眼が見下ろす頃には
雲一つ無い空の下、
ヘリコプターの音だけが
ぐらぐらぐらぐら唸っていた。
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2008.06.25